顧客「前の担当者は言ったはず」:混乱を解消し、関係を維持する対応術
顧客から「前の担当者はこう言っていた」「以前の契約ではこうだったはずだ」といった言質を持ち出され、現在の状況や提案内容との食い違いに困惑した経験は、多くの営業担当者にあるのではないでしょうか。こうした状況は、お客様との信頼関係に亀裂を生じさせたり、交渉を困難にしたりする「難題」となり得ます。
この種の問題は、単に過去の事実を訂正すれば解決するものではありません。お客様は過去の担当者の言葉を信じ、それを前提に物事を進めている可能性があるため、一方的な否定は感情的な反発を招くリスクが高いからです。
この記事では、顧客から過去の担当者の言質を指摘された際に、冷静さを保ち、お客様との関係を損なわずに混乱を解消し、建設的な解決へと導くための実践的な対応術をご紹介します。
顧客が「前の担当者は言ったはず」と言ってくる背景とリスク
お客様が過去の担当者の言質を持ち出す背景には、いくつかの要因が考えられます。
- 事実誤認: お客様自身が過去の情報を正確に覚えていない。
- 情報不足: 担当者からお客様へ、あるいは担当者間での情報共有が不十分だった。
- 状況の変化: 契約時や過去のやり取りから状況が変化し、前提が崩れている。
- お客様の期待: 過去の有利な条件や約束を根拠に、現在の要望を通そうとしている。
- 担当者間の連携不足: 前任者から後任者への引き継ぎが不十分だった。
どのような背景であれ、お客様にとっては「過去にそう言われた/そう認識していた」という事実が重要であり、現在の担当者から異なる情報や条件を提示されることに対する戸惑いや不満が生じます。
ここで営業担当者が感情的になったり、過去の担当者や社内体制を批判したり、一方的に顧客の認識を否定したりすると、関係は急速に悪化するリスクがあります。お客様は「担当者が変わったら話が変わった」「社内で連携が取れていないのか」「いい加減な会社だ」と感じ、不信感を募らせるでしょう。
冷静さを保つための心構え
こうした状況で最も重要なのは、感情的にならないことです。お客様の言葉にカッとなったり、反論したくなったりする気持ちを抑え、以下の心構えを持つことが冷静な対応の第一歩です。
- お客様の言葉は「お客様が見ている現実」と捉える: お客様がそう信じていること自体は事実として受け止めます。「なぜそう思い込んでいるのか」を考えるのではなく、「お客様はそう認識している」という状況を理解することに集中します。
- 責任追及ではなく、問題解決に焦点を当てる: 誰が悪かったか、何が間違いだったかを明らかにする場ではありません。現在直面している「お客様の認識と事実の食い違い」という問題を、お客様との関係を維持しながらどう解決するか、に思考を切り替えます。
- 「私たち(自社)はお客様にとっての窓口である」という意識を持つ: 過去の担当者が誰であれ、お客様から見れば「貴社」とのやり取りです。個人としてではなく、組織の一員として誠実に対応する意識を持ちます。
関係を損なわずに混乱を解消する具体的なステップとフレーズ
冷静な心構えができたら、以下のステップでお客様との対話を進めます。
ステップ1:傾聴と情報収集
まずはお客様の話を最後まで丁寧に聞き、お客様が具体的に何を、いつ、誰から、どのように言われた/認識したのか、可能な範囲で詳細を把握します。話を遮ったり、弁解したりしないことが重要です。
- 使えるフレーズ例:
- 「さようでございましたか。〇〇様は以前、△△(過去の担当者名や時期、具体的な内容)について、そのように聞いていらっしゃったのですね。」
- 「詳しくお聞かせいただけますでしょうか。どのような状況で、どのようなお話だったか、もし覚えていらっしゃることがあれば教えていただけますと幸いです。」
- 「その点について、今一度確認させていただけますでしょうか。〇〇様のお話されている内容は…ということ(お客様の言葉を繰り返す)でよろしいでしょうか。」
ステップ2:共感と受容
お客様の認識や困惑している状況に共感を示し、その受け止め方自体は否定しない姿勢を見せます。これにより、お客様は「自分の話をちゃんと聞いてもらえている」と感じ、落ち着きを取り戻しやすくなります。
- 使えるフレーズ例:
- 「〇〇様がそのように認識されていらっしゃったとのこと、承知いたしました。」
- 「もし当時そのようなお話があったのであれば、現在の状況とのお話に〇〇様がご心配されるのも当然かと思います。」
- 「情報に食い違いがあり、〇〇様にご迷惑をおかけしている可能性について、申し訳ございません。」(現時点では「可能性」に留める)
ステップ3:事実確認の伝え方
お客様の認識と、社内で確認できる情報や客観的な事実との間に齟齬がある場合、それを丁寧に伝えます。頭ごなしに「それは違います」と否定するのではなく、あくまで「社内で確認した情報では」「現在の状況では」という視点から伝えます。
- 使えるフレーズ例:
- 「大変恐縮なのですが、当方で記録を確認いたしましたところ、〇〇様がおっしゃる△△の点について、記録上は●●(確認できた事実)という情報がございます。」
- 「過去の担当者と連携し、改めて社内で情報を確認させていただきました。その結果、当時の状況は□□(確認できた事実)であったと認識しております。」
- 「現状の仕様と照らし合わせますと、〇〇様が以前お聞きになったという内容と一部異なる点がございます。」
ステップ4:現在の提案・方針の説明
お客様の認識と事実が異なる理由や、現在の提案がなぜ最適なのかを論理的に説明します。過去の担当者を悪者にするのではなく、あくまで「状況の変化」や「より良い方法」として伝えます。
- 使えるフレーズ例:
- 「以前は△△という状況下でしたので、●●というご案内をさせていただいたかと存じます。しかしながら、現状は□□(変化した状況)となっており、それに伴い、現在ご提案しております内容は▲▲となっております。」
- 「当時の状況も踏まえつつ、現在のお客様の課題解決に最も適した方法として、今回の提案に至っております。」
- 「過去のご案内と一部違いが生じており、申し訳ございません。これは、お客様の状況に合わせて、より利便性を向上させるために仕様を変更したためでございます。」
ステップ5:代替案や解決策の提示
お客様の要望にそのまま応じることが難しい場合でも、全く対応できないわけではないことを示し、代替案や別の解決策を提示することで、お客様の納得と関係維持を目指します。
- 使えるフレーズ例:
- 「ご要望の△△につきましては、現在の契約内容では直接お応えするのが難しい状況です。しかし、代替案として●●という方法であれば、〇〇様のお困りごとを解決できるかと存じます。いかがでしょうか。」
- 「以前お伝えした条件でのご提供は難しくなっておりますが、代わりに▲▲のようなメリットをご提示することは可能です。」
- 「〇〇様の当初の期待に沿えず申し訳ございません。可能な限り〇〇様のご期待に沿えるよう、社内で再検討いたしまして、明後日までに▲▲という形でご回答させていただけないでしょうか。」
ステップ6:社内連携の重要性を示唆(お客様への安心材料として)
お客様に「今後、担当が変わっても同じような混乱は起きないだろう」という安心感を持っていただくことも重要です。社内での情報共有の徹底や、引き継ぎ体制の強化について、直接的に伝える必要はありませんが、その姿勢を示すことは有効です。
- 使えるフレーズ例:
- 「今回の件を踏まえ、社内での情報共有をさらに徹底し、今後〇〇様にご迷惑をおかけすることがないよう努めてまいります。」
- 「お客様との大切な履歴を、担当者間でしっかりと共有・管理しておりますので、ご安心ください。」(事実として行っている場合のみ)
事例:過去の担当者の「口約束」で困惑したケース
あるシステム導入の営業担当者(山田)は、顧客から「前の担当者(田中)から、オプション機能の△△は無償で使えると聞いている」と指摘を受けました。しかし、現在の契約書やシステム仕様では、その機能は有償オプションとなっています。顧客は契約時には気づかず、利用開始後に無償だと信じて問い合わせてきた状況でした。
山田の対応:
- 傾聴と情報収集: 顧客の「田中さんに言われた」という話を遮らずに聞き、「△△機能が無償とお聞きになっていたのですね」と共感。いつ頃、どのような状況でその話になったかなどを確認しました。
- 共感と受容: 「もしそのように聞いていらっしゃったのであれば、現在の仕様と異なっており、混乱させてしまい申し訳ございません」と謝罪の意を示し、顧客の困惑に寄り添いました。
- 事実確認の伝え方: 「大変恐縮なのですが、弊社システムで△△機能は標準機能ではなく、誠に恐縮ながら現在は有償オプションとしてご提供しております」と、現在の事実を丁寧に伝えました。
- 現在の提案・方針の説明: 「過去にどのようなご案内があったか正確なところは掴みかねるのですが、現状のシステム提供体制としては、△△機能は別途お申し込みいただく必要がございます」と説明。
- 代替案や解決策の提示: その場で無償化は不可能であることを伝えつつ、「今回は特に〇〇(特定の目的)にご利用されたいとのことでしたので、代替として標準機能の●●で一部近いことは実現可能です。あるいは、△△機能のトライアル期間をご提供できないか、社内で一度検討させていただくことは可能です」と、可能な範囲での代替案や歩み寄りの姿勢を見せました。
- 結果: 顧客は一度は不満を示しましたが、山田が頭ごなしに否定せず、丁寧な言葉遣いで現在の状況を説明し、代替案の検討を示唆したことで、感情的な対立には至りませんでした。後日、トライアル期間の提供という形で合意に至り、有償オプションの本格導入も視野に入れた関係を維持できました。
この事例からわかるように、過去の担当者の言質への対応では、事実関係の確認はもちろんのこと、それ以上にお客様の感情に配慮し、信頼関係を損なわないための丁寧なコミュニケーションが極めて重要です。
まとめ
顧客から過去の担当者の言質を指摘されることは、営業担当者にとって避けられない難題の一つです。しかし、感情的にならず、冷静な心構えと今回ご紹介した具体的なステップを踏むことで、関係を悪化させることなく混乱を解消し、むしろお客様からの信頼を深める機会に変えることも可能です。
重要なのは、お客様の言葉を頭ごなしに否定せず、まずは受け止め、共感を示すこと。その上で、事実や現在の状況を丁寧に伝え、お客様にとって最善の解決策を共に探る姿勢を見せることです。
この対応術を習得し、どんな「前の担当者は言ったはず」という言葉にも、落ち着いて建設的に対応できるよう、日々の営業活動に活かしていただければ幸いです。